移動の本質とスプリットステップ
移動の本質とスプリットステップ(1/2)の続きです。スプリットステップ
話が突然変わりますが、スプリットステップをご存知でしょうか。スプリットステップというのは、簡単に言うとテニスにおいて『サーバーがサーブするときにレシーバーが行う予備ジャンプのこと』(研究者の立場からより)ですが、サーブ&ボレーでボレーの準備動作としても行われているようです。
右の動画はボレーの場合ですが、脚が広がっているコマがありますね。スプリットステップの「split」には「分裂[分離]させる[する]」という意味がありますから、動画のように両足を開いていくのは本来の意味どおりです。続いて上記サイトからもう少し引用してみましょう。
『さて,スポーツ科学が役立った例として,友末氏は“スプリット・ステップ”をあげた。サーバーがサーブするときにレシーバーが行う予備ジャンプのことだが,ちょっと見たくらいでは,いつジャンプしているのかがわかりにくい。そこで,わずかでも上下に動くとその動きを検出する装置を用いて実験を行った。その結果,サービスのインパクトの瞬間にジャンプの最高点に達していることが,明らかになった。』
イメージできたでしょうか?相手が打つ瞬間には、レシーバーはジャンプの最高点に達していて、空中に浮いているわけです。なかなか面白いテクニックですよね。しかも面白いだけでなく非常に効果的なようで、テレビに放映されるような選手は皆これを取り入れているように思います。
このように効果的なスプリットステップをバレーボールに導入するとすれば、やはりスパイクレシーブが最有力候補でしょう。反射的な素早い動きが要求される点で、テニスのサーブレシーブやボレーと似ているからです。
実際、バレーボールの映像を見ると、全国レベルではほとんどの選手がこのような動作を行っています。バレーボールでも見られる動作なので、バレーボール学会のメーリングリスト『バレメカML』でも2002年ごろ、この話題で盛り上がりました。
そのときの議論では、スプリットステップにいろいろな利点が考えられることが共通の認識となりました。オリビアさんが議論の初期段階で挙げられた利点を引用してみます。 引用:
[1]筋、腱に予備緊張を与える。
[2]構え時の「静的つりあい」を崩す。
[3]体を振動させ、眼を動かす事により視覚機能を向上させる。
[4]相手のタイミングに合わせる。(引き込み現象?)
[5]神経(心拍)の周波数に同期させる。(1/f ゆらぎ) 1/f ゆらぎによるリラックス効果
それぞれ興味深いタイトルだと思います。ですが、今回のこの記事ではこれらには触れません。(いつかオリビアさんが投稿してくださると期待しております!)
『バレメカML』の議論では、そもそもスプリットステップとは何かという点からスタートしました。話はそこから「プレステップ」という用語も登場し、ポイントもどんどん絞られていきましたが、「スプリットステップとは何か」「スプリットステップの利点は」などに明確な答えは出ていません。
ですので、以降スプリットステップの捉え方を含め、完全な私見であることをお断りさせていただきます。
スプリットステップの利点
<仮説1>筋肉の働きに適した運動形式だから・・・初動負荷理論より
初動負荷理論の定義のひとつに、『主動筋の《弛緩−伸張(性収縮)−短縮(性収縮)》の一連の動作過程を促進させるとともに、主動筋活動時に拮抗筋ならびに拮抗的に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動』というものがあります。スプリットステップは、空中に浮いている瞬間がまさに「弛緩」であり、着地動作が「伸張(性短縮)」、着地後の動き出しが「短縮(性収縮)」となりますので、初動負荷理論から見れば理想的だと思われます。
「短縮(性収縮)」の前に「伸張(性収縮)」が入るのは筋肉をゴムの様に動かすことをイメージしていただければ良いかと思いますが、さらにその前に「弛緩」が入るのは何故でしょう?私なりの解釈では、スプリットステップに関して、フットワークでメインに働く筋肉(主動筋)は、空中に浮いている間は力が抜けています。それと共に、メインに働く筋肉と対になり、関節を逆に動かす筋肉(拮抗筋)も力が抜けています。この点が定義後段にある「共縮」を防ぐ意味で大切だと思います。
逆の場合を考えると判りやすいでしょう。スプリットステップを行わない場合は、主動筋、拮抗筋ともに身体を支え、安定させるために常にある程度の緊張を強いられますから、いざ動こうという時に、拮抗筋の緊張を解く作業が必要になります。ヒトの身体にはその作業のための神経回路がありますが、その回路はスプリットステップを使った時でも作動するものですから、結局もともと拮抗筋の緊張が少ないスプリットステップ時のほうが共縮は防ぎやすいと言えるでしょう。
<仮説2>自然に接地点移動法を行っているから
こちらが強く主張したい部分です。「レシーブの最初の一歩」では、両足とも床に着けた状態から、まずどちらかの足を身体の移動方向とは逆方向に着いて力を加えるフットワークを「接地点移動法」と名付けました。この方法の最大の欠点は足を移動方向とは逆方向にまず動かすと言う動きが不自然である点でした。
そのマスター方法については保留したままでしたが、実はスプリットステップを使うと一気に解決します。空中から着地する時に、着地後の移動方向に合わせて足の着地点を調整することは、まさに自然な動きですが、それこそ接地点移動法の考え方そのものなのです。
いま「空中から着地する時に、着地後の移動方向に合わせて足の着地点を調整することは、まさに自然な動き」と申しましたが、これはバスケットでも応用されていると思います。バスケットでは特に練習のとき、どこにも移動しない場合でも小刻みに足をステップさせます。これは常足走行のサイトで確認できます。このサイトの一番上の動画はディフェンスがオフェンスの動きを見て斜め後ろに移動する練習風景です。その中で小刻みに左右交互に足を浮かせて待ち、オフェンスが自分の左に動いた瞬間、右足を斜め右前に若干移動させているのが見られます。接地点を無意識に移動させているわけです。
東九州龍谷高校のリベロ、片下選手のレシーブシーンです。実は、私の仮説を裏付けるような動作を行う選手、シーンはこれまで見つかっていませんでした。スパイカーが打つ瞬間に空中にいるタイミングでスプリットステップを行う選手はたくさんいますが、一度着地して後にもう一度ジャンプし、接地点移動を行う選手がほとんどでした。この記事を書くために今年の春高バレーのビデオを男子から見直しても、男子選手はやはりスプリットステップの着地が接地点移動を兼ねているようには見えません。なかばあきらめかけていましたが、「感動的なレシーブを見せてくれた東龍のリベロならもしかして!」と女子の決勝戦で確かめるとまさにビンゴでした。
上の動画の分析をしてみましょう。スパイクが打たれる瞬間、片下選手は空中にいて、ほぼ頂点、若干上昇途中に見えます。スプリットステップするタイミングは他の選手より遅めだと言えるかも知れません。
着地ではボールが右に飛んできたため左足から着地しています(再生速度を遅くすれば確かめやすいでしょう)。こうすると接地点(左足)より重心が右に位置する状況が出来るので右に急激な加速が可能になります。
また、若干後方に飛びつくために右足を接地する場所も単に立ち止まる場合より若干前に移動させているように見えます。
これこそ、私のイメージ通りのスプリットステップ、着地で接地点移動を行うスプリットステップです。片下選手はこのときだけでなく、ほぼ全てのシーンでスプリットステップの着地と接地点移動を兼ねたステップを行っています。片下選手のレシーブシーンをまとめてみたのでご覧下さい。
大活躍!片下選手のレシーブシーン(約5MB:著作権はフジテレビにあります)
ビデオに録画された方はこの動画だけでなくいろんなシーンで片下選手に注目して頂きたいです。片下選手のスプリットステップの特徴として、先ほど挙げたタイミングのほかに、スプリットステップのジャンプが高いことも挙げられます。とくにブロックカバーのときはわかりやすいです(下図参照)。
スパイクされたボールは図の右上にいる相手選手と重なる場所にあります。このことから、片下選手のジャンプのタイミングがかなり遅いことがわかるでしょう。そして意外なほどジャンプが高いです。(足は床からそれほど離れていませんが、身体が伸びていて重心はこの時点でかなり高い位置にあります。着地までの落差はかなり大きいといえます。)
スプリットステップの着地で接地点移動を兼ねるためには、着地までにどの方向に移動すべきかを見極める必要があります。片下選手のふたつの特徴は着地のタイミングが遅くなる結果になるので、この見極めのための時間を作るのにちょうど良いのかもしれません。
以上、私の考えるスプリットステップの利点を書いてみました。これは片下選手のようなタイミングでなければ発揮できない利点ですが、他の選手のスプリットステップに意味が無いかというとそういうわけではありません。前述のとおり、オリビアさんが挙げられたメリットなども考えられます。
スプリットステップの習得法
スプリットステップは人間の本来持っている動作であり、しかもかなり強力なレシーブ技術だと考えますが、習得に難しい場合もあるようです。『バレメカML』では議論の内容をただちに練習に反映させ、その結果を教えてくださる学校の先生もいらっしゃいますが、その生徒たちにとってもそう簡単ではなかったようです。
ですので、指導暦のない私には、スプリットステップの導入法(練習法)としては次の提案ぐらいしかできません。とりあえず新インナーゲームの理論から考えてみました。1対1の対人レシーブなどで行う方法を書きます。
(1)スパイクを打たれる瞬間だけではなく、つねに片下選手のようにリズミカルにジャンプして準備しておく。
(2)導入初期では、打ち手は軟打は禁じ手とする。左右の動きに限定して行う。
(3)選手の意識は、右に来たボールに対しては左足から着地し、左に来たボールに対しては右足から着地することが出来ているか自分を観察することに向ける。
(4)タイミングがつかめてきてから前へ移動させる軟打を混ぜる。選手は軟打の時に接地点を後ろに持っていくことが出来ているか観察する。
今の段階ではこのぐらいしか思いつきません。他にアイデアのある方、東龍のレシーブ練習の情報をお持ちの方、この練習をためして下さった方などのご意見をお待ちしております。下のコメント欄や掲示板への書き込みを宜しくお願い致します。
最後に、バドミントンの参考サイトとバドミントンマガジンの連続写真から作った「スプリットステップ&接地点移動」と思われる動画を載せておきます。ここまで読んでくださりありがとうございました。
参考サイト:バドミントンアカデミー(バドミントンではリアクションステップと呼ぶようです。)
バドミントンマガジン2001年8月号より下の動画
2006年3月 たれいらん
投稿者 | スレッド |
---|---|
たれいらん | 投稿日時: 2006-6-19 1:52 更新日時: 2006-6-19 1:52 |
管理人 登録日: 2005-12-8 居住地: 投稿数: 391 |
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) Tさんとの議論の方向を私が間違えてしまったような気がします。
引用: Tさんwrote: もう一度よく読んで考えてみました。「決定されていた」というのは確かにその通りだと思いました。着地後に右にいくにしろ左にいくにしろ、右足から着地することになる、そういう体勢だと思います。 ただ、そういう体勢になっているのは左移動の最中だからというのが理由だと考えています。右足から着地してはいるものの、着地位置は右移動に有利な位置を選んでいる、またその余裕があると思います。 引用: サーブカットでは、左でジャンプして左→右の着地をするシーンもあったわけですが、より瞬間的な動きが要求される場面にはないことなのかもしれないという気がします。 瞬間的な動きがどの程度要求されるかというのは大事な視点だと思います。 先日バドミントンの世界選手権が東京体育館で開催され、決勝戦の中国VSデンマークの試合がNHKでも放送されていました。 それを見る限り、相手十分の体勢のスマッシュに対しては着地足を正しく選ぶことは出来ていないようでした。Tさんのおっしゃるとおりです。たとえば、レシーバーにとって左にシャトルが飛んだときに着地足を左足にする場面も多く見られました。結果もちろん動けないわけですが。 バレーでも、男子の場合は特に、適切な足の選択をする余裕がない場合は多いと思います。トップレベル男子で強烈なスパイクをフライングレシーブする場面はときどき見られますが、あれはスプリットステップの時点である程度「先読み」が必要だと思われます。 ただ、高校女子レベルで片下選手はかなり上手に足の選択を行えているという考えはそのままです。 |
返信 | 投稿者 | 投稿日時 |
---|---|---|
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) | T | 2006-7-15 23:29 |
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) | sugi | 2006-8-3 2:08 |
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) | T | 2006-8-3 21:31 |
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) | たれいらん | 2006-8-4 0:53 |
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) | T | 2006-8-5 1:21 |
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) | sugi | 2006-8-5 23:18 |
Re: 移動の本質とスプリットステップ(2/2) | たれいらん | 2006-8-8 1:11 |