「肩上」経路と「肩下」経路の動きの違い
「バックスイングで腕を挙げる経路の違いでそんなにスイング動作に違いがあるのか?」という疑問があると思います。なぜなら、バックスイングは違っても、その後に続くフォワードスイングにはそれほど差があるように見えないからです。しかし、肩関節を中心とした体の使い方はバックスイングの違いにより、全く異なっています。
「肩上」経路(ボウ・アンド・アロウ・アームスイング)
「肩下」経路(サーキュラー・アームスイング)
肩から肘の間の上腕の部分に赤矢印をつけてみました。「肩上」経路ではバックスイングで矢の向きが前から後ろを指すように動いた後、 フォワードスイングで再び後ろから前に戻っていくように動いています。一方、「肩下」経路では最初に下を向いていた矢印が時計回りに回転して途中に前後に戻るような動きはありません。
一つの絵にまとめてみました。肘の部分が「肩上」経路では赤い半円でバックして青い半円で前に振り出される振り子のように往復運動をしていますが、「肩下」経路では一方向へ円を描いています。言い換えると「肩上」経路は切り返しがある一旦停止する動きですが「肩下」経路は連続した動きです。
「肩上」経路とスイッチバック
「肩下」経路が「サーキューラー・スイング」ならば「肩上」経路は「スイッチバック・スイング」と言えます。
「スイッチバック」とは勾配の強い斜面を登る山岳部の鉄道の線路の敷設法です。左の絵のように引き込み線に列車が入った後、進行方向を前後逆にして登って行きます。神奈川県箱根町の登山鉄道では引き込み線に入ると、電車を一旦停車させて、運転手さんと車掌さんが歩いて前後の席を交換して、また走り始めます。「スイッチバック」では先頭と後尾を交代する時に機関車を停車させる必要があります。
スパイクスイングでも「肩上」経路のスイングでは「スイッチバック」が起きて肘が最も後方に引かれた時にわずかの時間ですが、スイング動作が停止してから前に振り出されます。いったん止まるスイングのために上腕の加速は止まった地点から加速されるにとどまります。
「サーキュラー」スイングの利点
「肩下」経路と「水平」経路のサーキュラー・アームスイングでは回転運動するために「スイッチバック」の動きはありませんから、腕が停止することなく連続した加速となります。
赤い部分が、スイングで腕が加速されている状態です。腕のスイングは実際は三次元的な動きですから、上のグラフが完全には当てはまるとは言えませんが、おおよその傾向はグラフの通りです。「肩下」経路と「水平」経路は加速の時間が長く、加速中に腕が止まる事がない連続した加速となるのでボールヒット時の手の速度は「肩上」経路よりも大きくなります。
宮本武蔵像 |
剣豪の宮本武蔵の晩年の剣術の構えは二刀流の二刀を両手とも前に垂らして脱力した構えだったといいます。手を下げていれば前方から斬りつけられる時に応戦が遅れそうに思いますが、ある武道家は「重い日本刀を上段や中段で構えて、支えながら振り回すよりも腕を下げて保つこの構えはどこから斬りつけられてもすぐに腕が伸ばせて、かえって素早い動きが出来る理にかなった構えである」と解説していました。人の腕も重さを持っていますから、それを重力に逆らって、肩より上で支えながらバックスイングをすれば余分な力が必要となり、エネルギー効率からも損をしていると言えます。スパイクスイングも一般には「腕をなるべく早く高い位置にして振りなさい」と指導されますが、「肩上」経路のように腕を支えながらスイングするよりは肩より下でバックスイングする方が効率のよい、速いスイングが実際には可能です。前ページの写真で示した様にトップクラスの選手が「肩下」か「水平」かのいずれかのサーキューラー・アームスイングを使っている場合が多いのはパワーと速さに優れたこれらの利点のためと考えられます。
バックスイング後に肩の動きにストップをかけて再び前方に加速する「肩上」経路のスイングは動作の中に急停止と急加速があります。急停止も急加速も瞬間的に肩に大きな力がかかる運動であり、肩関節へ及ぼす負担は「サーキュラー・アームスイング」よりも当然大きくなります。これはスパイクによる肩の故障を考える時に原因の一つとして考えなければならないでしょう。
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